僕は僕でやっていく。僕はもっとシンプルでわかりやすい世界が好きなんだよ。/村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」

好きなものには溺れなさい。役に立つかどうかなんて後回しでいいから、とことん好きになって味わい尽くすこと。憧れはその人を育てます。先が見えなくなったとき、迷ったとき、そうして溺れたものがきっとあなたを助けてくれますよ。/田辺聖子「好きなものには溺れよ」

さくらんぼって食べていい宝石みたい。いつも思う。これほどつややかな光をもつ果物はほかにないって。/長田弘「風のことば　空のことば」

人間には　行方不明の時間が必要です　なぜかはわからないけれど　そんなふうに囁くものがあるのです　三十分であれ　一時間であれ　ポワンと一人　なにものからも離れて /茨木のり子「行方不明の時間」

かくて、人間、ひとりびとり、こころで感じて、顔見合わせれば　につこり笑ふというほどの　ことして、一生、過ぎるんですねえ　/中原中也「春宵感懐」

もう知ってるとおもうけど、くちずさむだけで、だいじょうぶだ、とおもえるような詩が、せかいにはたくさんある。その詩たちが、いつか、きみを、みちびくような、気がする。/斉藤倫「ぼくがゆびをぱちんとならしてきみがおとなになるまえの詩集」

かくて、人間、ひとりびとり、こころで感じて、顔見合わせれば　につこり笑ふというほどの　ことして、一生、過ぎるんですねえ　/中原中也「春宵感懐」

この鳥で私を思ひ出して下さいまし。生き物を記念品に差上げるなんて可笑しいかもしれません。でも、私達の思ひ出も生きてゐるのです。金糸雀(かなりや)はいつか死ぬでせう。私達お互の中の思ひ出も、死なねばならない時が來れば死なせませうよ /川端康成「金糸雀」

きょうという日、そんな日があったか知らと、どんなにきょうが華やかな日であっても、人びとはそう言ってわすれて行く、きょうの去るのを停めることが出来ない、きょう一日だけでも好く生きねばならない。/室生犀星「きょうという日」

あたりにはすでに十分すぎるほどに明るい光が漲っているというのに、また別の光、ここにはない光を夢想すること、「光が射す場所を求めての旅」をあてどなく続けること。それこそが「詩」ではないのか。/松浦寿輝「月と放心」

「放心」する。美しい言葉ではないか。「投げる」のではない。「放つ」のだ。心を放つ。しかし、だとすれば、心は、放たれるその瞬間まで、それほどまでに囚われていたのか。/松浦寿輝「断つこと、放つこと」

私たちは生きている。どれだけ終わりが近づいてきても、哀しいほどに生きている。明日も鉄の塊で街を走ろう。行きたい場所に、たどりつけるまで。そこはきっと、火星よりも木星よりも遠いのだ。/三浦しをん「たどりつくまで」

窓をあけて雨をみていると　なんにも要らないから　こうしておだやかなきもちでいたいとおもう /八木重吉「雨」

きらめく朝の陽射しの中で　あなたの裸の心を見たい　そよ風のわたる林の中で　かくされたのぞみを知りたい　人は傷つけあうしかないとしても　この世に生まれた始めての時に　あなたが触れた世界がいとしい /谷川俊太郎「ひとり」

こころはいれもの　なんでもいれておける　だしいれはじゆうだけど　ださずにいるほうがいいもの　だしたほうがいいもの　それはじぶんできめなければ /谷川俊太郎「こころから」

お粥のおいしさは、食べたあとによくわかる。からだのまんなかに、ぽっと静かな灯りが灯ったようなおだやかさ。なのに、たっぷりとした満足感がある。それは、心沸き立つにぎやかなおいしさではない。しだいにゆるやかに満ちていくような味わいだ。/平松洋子「お粥」

五月は好い月、花の月、芽の月、香の月、色の月、ポプラ、マロニエ、プラタアヌ、つつじ、芍薬、藤、蘇枋（すはう）、リラ、チユウリツプ、罌粟（けし）の月、女の服のかろがろと　薄くなる月、恋の月、/与謝野晶子「五月礼讃」

うつくしいものの話をしよう。いつからだろう。ふと気がつくと、うつくしいということばを、ためらわず口にすることを、誰もしなくなった。そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。うつくしいものをうつくしいと言おう。/長田弘「世界はうつくしいと」

うつくしいものの話をしよう。いつからだろう。ふと気がつくと、うつくしいということばを、ためらわず口にすることを、誰もしなくなった。そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。うつくしいものをうつくしいと言おう。/長田弘「世界はうつくしいと」

美しいもの　魅惑的なものは　そよ風か通り雨のようなもの　すばらしいもの　うっとりさせられるもの　愛らしいものは持続しない　雲　花　しゃぼん玉　花火　そして子供の笑い　鏡の中の婦人の眼　そのほかたくさんのすばらしいもの /ヘルマン・ヘッセ「砂に書いたもの」

新茶は、きれいなあかるい若草色。湯冷まししてから、ゆっくりいれると、あまい。みどりの季節を、新緑のひかりといっしょに飲むようなきもちになる。/おーなり由子「ひらがな暦」

悲しめるもののために　みどりかがやく　くるしみ生きむとするもののために　ああ　みどりは輝く。/室生犀星「五月」

五月の風をゼリーにして持ってきてください　ひじょうに美しくておいしく　口の中に入れると　すっととけてしまう　青い星のようなものが食べたいのです /立原道造

くちなし。ジンジャー。沈丁花。水仙。ヒヤシンス。ライラック。白木蓮。私は白い花が大好きで、香りが添えばいっそうすばらしい。山には名も知らぬ白い芳香をはなつ花木が多い。花の盛りのころには恋人にでもあう心地で、それぞれの花の木をたずねる。/三岸節子「花の祝祭」

おもいのほかかたく、おもいのほかやさしい味のするあげたてのドーナツで　口のまわりをじゃりじゃりと砂糖だらけにして　あたしはこんなに勇敢になった /江國香織「おやつの時間」

朝の日が射す寸前の明るさをいつでも思いだせますように /くろだたけし

恋愛でない愛情が素晴らしいのは、その対象ではなく、自分自身のためにそれを好きであり続けられるので、何処までも油を注ぎ、恐れるものが何もないから。対象に何かを望むというわけでもなく、ただそれを好きだという自分に自分が応え続けている。/最果タヒ「烈火！烈火！烈火！」

きょうという日、そんな日があったか知らと、どんなにきょうが華やかな日であっても、人びとはそう言ってわすれて行く、きょうの去るのを停めることが出来ない、きょう一日だけでも好く生きねばならない。/室生犀星「きょうという日」